
聖、心の隙間に
笑っていた。私と、栞。
夢の中だったけれど。
どうしてこんな夢を見るのか、今自分の心がどうなっているのか…
なぜだろう。
どうして、自分の心ですら自由にならないのだろう。
いつもより早く目が覚めた。
隣には、心配そうに覗きこむ蓉子の顔がある。
蓉子の肩越しにカーテンの隙間から見えるのは大きく傾いた三日月。
薄笑いを浮かべているような感じだ。
「聖…」
ほっとしたようで蓉子は小さく息を吐いた。
「私…どうかしてた?」
「いえ…ただ、泣いていたわ」
「泣いてた?私が?」
…どうしてそんなことに。
私がつぶやいたのを、蓉子が聞きとがめる。
「そう。びっくりしたわ。なんとなく目が覚めて、横を見たら…ですもの」
「そっか…心配かけて、ごめん」
蓉子は微かに微笑んで小さく首を横に振る。切りそろえられた髪が、揺れた。
言いつつ、自分の夢を思いだしてみる。
私達はお互いを見つめて手を取り合っていた。そのかんばせに浮かぶ表情はとても複雑なもの。
これ以上の幸せがあるはずが無い、そう確信しながらも、私はどことなく顔をしかめている。
栞はそんな私を柔らかく包み込むように微笑んでいる。
「笑って、聖」
そんな風にも言っていたかもしれない。
私はややぎこちなく微笑んだ。そのうち、栞につられたかのように笑った。
また、栞がなにかを言わんとする。
私は一字一句聞き逃さぬように、耳を澄ませた。
「もう、いいのよ」
確かそんな言葉を……
「ちょっと聖、本当に大丈夫?」
私の頬には何時の間にか透明な液体が伝っていた。
「……なに、これ」
「なにって…あなた、自分が泣いてるの、わかるでしょ?」
「涙?これが?」
私にとって、これは涙ではない。
なぜなら、私には涙するような感情はなにも今はないからだ。
「こんなのは、涙じゃない」
「聖…」
蓉子が私の涙を指でそっとぬぐってくれた。
私はその手をつかんでそのまま引き寄せる。
蓉子と、体温はそう変わらないはずなのに、どうしてこんなに心地よいのだろう。
心の何処かが確かに泣いている、そんな時でも、蓉子の存在にほっとしている自分がいる。
私に抱きすくめられたまま、腕を伸ばして蓉子は背中をさすってくれた。
そこで私は自分が何時の間にか緊張していた事に気づいた。
一体、何に…
「蓉子、心配かけて、ごめん」
「本当に」
蓉子を抱きしめたまま、私はちょっと笑った。これじゃいつかと同じだ。
「………栞の、夢を見た。だから、かもしれない」
今度は蓉子が身を固くする番だった。
蓉子が栞に対してどんな思いを抱いているか分かっているつもりだが、
おそらく彼女は私が蓉子自身に対してどのように思っているか知らない。
言葉であらわすものと、態度で伝わるものとは別だから。
「でもそれだけ。栞は…もういい、って言ってた。私も、そう思う」
「……聖…」
「私は、蓉子に感謝してる。いつでも、もちろん今も。分かって欲しいんだ。
……蓉子がいたから、今の私があるって事を」
精一杯の、言葉。蓉子に伝わるだろうか。
ふと見ると、蓉子は私の胸に顔を押し付けて泣いていた。
「時が過去を清算するって、知っている?」
蓉子は頷く。表情は見えない。
「私が栞を好きだった事実はこれからも変わらない。
私は栞を嫌いになったわけじゃないし、今でも栞との思い出は綺麗なままだよ、確かにね。
でも、私は…」
蓉子の顔を覗きこんで見つめる。涙でいっぱいの、顔が見える。
さっきしてもらったように、涙を指でぬぐう。
大きく息を吸い込んだ。
「今この瞬間、確かに蓉子が好きだよ」
「聖……」
「感謝してる」
栞と別れて、かなりのダメージをうけた。
でも、傷が癒えるように、私を包み込んでくれたのは…蓉子だ。
今のこの気持ちは恩でも何でもない。私が、心惹かれる。
それを好きだ、というのだろう?
「ずっとそばにいて欲しい」
蓉子の目からぬぐったはずの涙が次から次へと溢れ出してくる。
私は今度は指ではなく、唇で涙を吸い取っていった。
その内、蓉子の唇にも、触れた。
何と言う事の無い皮膚の一部分のはずなのに、なぜか触れるだけで痺れるような感覚が起こった。
……私は何度となく蓉子に口付け始めた。
互いの息が絡み合ったあと、潤んだ瞳で蓉子が私を見上げる。
いつもと違う、艶っぽいと表現できそうな表情に、どきりとした。
「聖…私……」
「蓉子は?」
「え?」
「蓉子は…どう思ってくれてる?」
聞くと、蓉子は少し顔をしかめて困ったような笑みを見せた。
「…呆れた人ね、好きでもない人とどうしてこんなこと…するのよ」
「じゃあ…」
「好きよ、私も…聖の事…」
私は顔が自然と笑うのを止める事が出来なかった。
また、それをする必要性も感じなかった。
ただ、蓉子を強く抱きしめていた。
三日月がこちらを笑っているような感じ。笑いたければ、笑えばいい。
二人で明けていく空を、見ていた。
おわり
後書き
はい、というわけで白紅SSです。
リクエストを下さったのは16000Hitterのつむじさまです。
こんな感じになりました。どうでしょうか?(汗)
私の書くSSというのはそれぞれが一部を除いて完全に独立してしまっていて、
今回のSSは白紅、かつ告白編という、何とも言えないものになってしまいました。
栞大会に出展するほど栞の話があるわけでもないし…うーん。
書こうと思ったきっかけは、ウァレンティ-ヌス後編の聖。
「とるに足らない人間だって切り捨てていい。そんなの、友達じゃないからね」
こう言わせたのは、やはり蓉子の存在が大きいんじゃないかと思いまして…。
それにしても相変わらずどうしようもない文章になってしまいました。精進しろよ私…(−−;
2000.5.5. 神月